適度な自己中のすすめ【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第27回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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適度な自己中のすすめ【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第27回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第27回

 

【自己中か協調か、それが問題だ】

 

 同じようなことが、「格好つける」という行為でもいえる。「格好つけることが嫌いだ」とおっしゃる人が多いが、それ自体が格好つけていることにほかならない。良い子振ることを毛嫌いする人も、良い子振って誰かに取り入ろうとする人も、どちらも自分を大事にしている点では同じであり、自分という人間の格好をつけているのである。

 では、好き勝手に振る舞って人から嫌われる者と、周囲に合わせ集団の中で有利な地位を獲得しようとする偽善者の、どちらが良いのか? この問題を悩ましく感じるのは、特に若者かもしれない。

 これは、その両者が極端すぎる場合に顕在化する問題であって、普通の人間は、この両者の中間に身を置いて、日々悩みつつ、時と場合によって揺れ動く。あまり自分勝手ではいけないし、かといって、あからさまに上に忖度した態度でも嫌われるだろう、などと考える。これが普通だろう。大勢が、そうやって生きているはず。

 どの位置にいても基本的に共通しているのは、自分が可愛い、自分が大事だ、というやはり本能的な欲求に基づいている点だ。これをときどき思い出した方が良い。自分勝手ではいけない、人のために尽くしなさい、といった道徳は、本来人間が持っている基本的な欲求を少し抑えた方が、自身の自由を獲得する最善の道ですよ、という教えなのである。これは、ある意味で偽善といえるけれど、世の中というのは、だいたい「少し偽善が正義」らしい。

 ただし、人類の社会は近年になって大きく変わった。最大の変化は、科学や産業の発展によって生産性が高まり、豊かになったこと。かつては、全員に行き渡るには不足していた富が、全体に届くようになった(あるいは、なりつつある)。権力に従わないと生きていけない状況から、個人が自由に生きられるルールも作られた。したがって、かつてよりは、従順な振りをしなくて良い、周囲に協調しなくても良い、偽善から離れて少しだけ自分勝手に近い生き方が可能になったのである。

 ネットの普及で、マナー違反や迷惑行為を「晒し」て「炎上」させる「良い子振り」が盛んになっているけれど、これは、社会の平均値が自分勝手寄りになったことに対する反動と見ることができる。マスコミが盛んに「絆」を美化した報道をするのも、このままだとさらに「自己中」が増えてしまうのではないか、との危機感によるものかもしれない。

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「無事」を重ねることが、人生の成功である。少し気をつけていれば、誰でもできる。ときどき予期せぬ不運が襲ってきても、また少しずつ無事を重ねて挽回していけば良い。勝たなくても良い。負けても良い。またの機会を待てることこそが、成功の価値なのである。(第35回「充実した人生に唯一必要なもの」より抜粋)

 

◉人生はプログラミング◉水を差しにくい社会◉話し上手と書き上手

◉老人になっても社会人である◉余計なものを持つことの価値

◉気持ちという質量◉「潔癖社会」純度上昇中◉ジェネラリストは存在しない?

◉どうなれば成功なのか?◉適度な自己中のすすめ◉アイデアを思いつける人

◉思いつきの手法◉新しい価値は無駄から生まれる◉頭は知識で肥満になる

◉楽しければそれで良いのか?◉効率か快適か、それが問題だ

◉自己利益が最重要な方針◉作るために必要なこと

◉一人でいることは、自由の象徴◉充実した人生に唯一必要なもの

◉AIが活躍する未来って?◉的確な質問をする能力

◉ネットのモラルはこれから◉フィクションを楽しむ条件

◉いつ死んでも良い生き方とは etc.

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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